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「自粛」の後にくるもの

http://clonidine.cocolog-nifty.com/clonidine/2011/03/post-93bf.html

3.災害医療援助に行った医師の残務穴埋め もっとも私の知人は、現地ではひたすら死体検案書ばかり書いているそうだ。

同様に、今回の災害医療援助でも「これを機会に東北に移住する」とか「全財産を被災者に与える」覚悟かない以上、援助に携わる医師はどこかのタイミングで援助を打ち切って撤退せざるを得ない。東北地方は仙台以外の全域が慢性的医師不足に悩んでいるし、「心のケア」などと言い出したら「必要な医師数」などきりがないのである。被災者が「元の静かな暮らし」に戻ることを望むならば、「元の医療資源で無理なく維持できる医療レベル」以上の援助を提供することは、援助撤退時にかえってその地域の医療を壊滅させる危険をはらんでいる。東京圏で生まれ育った医師にとって、東北の(しかも非県庁所在地の)医療資源の薄さは、想像を絶するのではないだろうか。

このブログでも医師を主人公にした映画を取り上げたことがある。
The last king of Scotland
というタイトルだったかと思う。
主人公を、抱えている舞台国の独裁者は、お金にあかせて、最新の医療設備が整った
大きな病院をもって、スタッフも豊富。
ところが、一歩そういった小さな都市部を出ると、西洋医学よりも占い師のおまじないの
ほうが「実務的」に活躍している前近代の社会がある。
僕は、この映画を見て以来、なんとなく二つの世界を行ったり来たりしているような
そんな面持ちがする。
早稲田大学商学部にてこういった問題意識に触れている評論に出会う機会が
あった。
カールマルクスの「資本論」をどうやって解釈するのかということを契機としている
テキストの抜粋だった。
その論評の内容はともかくとして。
「格差」の実態というものがどういうものなのか。かなり辛辣な形で
書かれているブログエントリーだと思ったので、ここに取り上げておこうと思う。