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Gravity Rainbow 残響音

ロケット開発収容所―ドイツ人科学者のソ連抑留記録

ロケット開発収容所―ドイツ人科学者のソ連抑留記録

GravityRainbowに登場するロケット開発の研究所で、実際に職を得て
働いていた人たちが、終戦後、ソ連に拉致されてロケット開発を継続していたという本。
筆者だけでなく、数百人という規模での「強制移住」だったので、ソ連の領内で
苦楽をともにした友人にむけて、忘備録としての性格も兼ねて、書かれたよう。
だから、「文学的な工夫」はあまりない。
だからこそ、あまり脚色の心配がなく、記録としての性格を享受できる
かもしれない。
GravityRainbowの参考文献かな。
つまり、読者を楽しませるというスタンスではない。
筆者はものすごく几帳面な人だったのだろうと思う。
ドイツからソ連にうつり、ソ連でも陸地から、湖の島にあたるところに
移住することをさらに強制される。
そこでのドイツ人科学者集団の家族を含めた生活の有様、共産主義ソ連の人との
やりとり、そういったことが、こと細かに記述されている。
本当に大げさではなく、
自分が、当時のソ連の領内で虜囚としての生活をしているように思えてくる。
この本の翻訳のタイルに「収容所」という言葉は使用されているが、
「強制」という言葉はカットされている。
もちろん、軍事目的で、拉致されて来た場所での生活なので、
「自由」というものは決定的に制限されている。
けれども、「刑務所」のようなそれではない。
給料の支払いもある。
だから、生活圏内での買い物もある。
日々の職務の内容も、それぞれの専門領域にあった知的作業となっている。
家族と一緒の生活もできる。
ドイツ人共同体の中で、子供の教育内容の取り決めをしたり、
年間行事の執り行い、それこそ、クリスマスのお祝いから、音楽会、スキーの気晴らし、
素人演劇大会の開催などもやっていた。(ソ連当局に厳禁されたのではなく、自然に
「飽きて」衰退したらしい。)
ドイツ本国にいる親戚への仕送りなどもやっていた。
正直、私個人が送っている生活よりも、はるかに人間的なのではないかと
いう感想をもった。
私個人、家庭教師として関心したのは、こういう情勢にあっても、
この本の筆者も含めて、子弟の教育に本当に熱心。
結果的に7年間もロシアに足止めを食ったので当然といえば当然か。
国語や社会はソ連の教師。
数学、化け学、物理は子供の保護者、つまりドイツ人がやっていたと。
筆者にあたる人は、化け学の担当をしていたそうな。そのときの授業の
写真までが本書には掲載されている。
このような生存条件が、
「米ソの冷戦」という世界の政治の行方を決定する技術的な前提となる
「兵器の開発」という現場に、「理解できる日常」の記述を可能にする。
「世界」というあまりにも巨大な固まりに、
あまりにもミクロな個人が、一条の光をかすかに見るのには
なかなかの作品なのではないかと。
そんな気がしました。
法学部出身という立場でいうと。
ドイツ人同士の、自治の作り方にも興味あったかな。
自分たちの労働条件を、ソ連当局に対して、交渉を求めるというとき、
まず団結するという発想。
ソ連政府に対して、生活条件の改善にせよ、少しでもドイツへの帰国へ前倒し
を要求するにせよ、とにもかくにも団結する。
団結して、役職をきめる。そのための手続きを厳格に執り行う。
そのプロセスに、「自由秘密投票」があったので、
そこをソ連当局の人に注意されて、トラブル発生という下りがあった。
以下は、収容所にいたドイツ人が、現地で慰労会をやったときの演目。