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ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)

ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)

ピンチョンの作品でgothic approachという言葉が出てきたので、
連想式に読んだ本。
ケルンの大聖堂
パリのノートルダム大聖堂

ヨーロッパの観光名所。
パリ ロンドン ミラノ フィレンツェ バルセロナ
それぞれに特色があると思いますが、「都市の顔」として
スケールの大きな「教会建築」を思い浮かべる人は多くありませんか?
テレビなどでヨーロッパの紹介があるときの、お決まりの映像って教会だったり、
教会がある広場だったりしませんか?

都市の様相をきめる「マスコット」のような存在感がある
「大聖堂」がどのような時代背景のもとに、出来上がったのか。
そして、こういうユニークな大規模建築を実現させていった立役者たちを
建設プロジェクト推進に駆り立てた「時代精神」のようなものがどういうものであるのかということを
取り扱った、すごく「大きなテーマ」が本書の中心にあります。
それを筆者は「ゴシック精神」といっているようです。

世界史の授業で学習するヨーロッパの歴史で
キリスト教」の存在感が大きいです。
イギリス フランス ドイツ イタリアといったらまずは「十字架」みたいな。
みんなキリスト教徒みたいな、漠然としたイメージ。
でも、ゴシック式の「大聖堂」というものが各地で建設されていったころ、
ヨーロッパといわれている地域で住んでいる人たちに、「聖書に基づく一神教」の宗教という
ものが、隅々にまで浸透していたのかというと、どうもそういうわけでもなかったらしいと。
ちょうど、日本に仏教が渡来してきたとき、すでに日本には多神教っぽい世界が
広がっていたみたいですが、ヨーロッパ地域でもどうも似たものだったと。
キリスト教会関係者は、まだ「異教徒」の残滓を多分にとどめている多数派の人々の「精神」の
中に、「十字架」をもたせたかったと。
そのために、キリスト教以前の地域住民の宗教的慣習を、キリスト教に取り込む形で
布教の強力なツールとして、あのような「大聖堂」を作ったのだと。

ここで、筆者は、キリスト教に「染まる」前の「聖なるもの」が中世ヨーロッパの大聖堂から
エッフェル塔や、ガウディの建築にいたるまで、どのような推移で存在してきたかを論証していきます。
メジャーな観光名所の歴史的起源をたどっていきながら、ヨーロッパの中世、近世、近代のハイライトを
楽しめる。

個人的に興味をひかれたのは、フランス革命を主導した政治家が、革命前の「アンシャンレジーム」のころに
蓄積された「文化遺産」もろもろをどうやって、引き継いだのかという所。
プロテスタントが、自分たちの神学理論に反するものに関しては、どんなに芸術的、学術的価値のあるものでも
遠慮なく破壊してしまうということをやったのに対して、
ブルボン王朝の一族の処刑や、数万人の犠牲者が出ることもいとわなかった「革命指導部」の人たちが
文化遺産承継」に関しては「教育的価値」があるからということで、うまいこと保存して、現在にまでつないだ。
ここは、ぐっときました。

松下 和則(まつした かずのり、1919年3月3日 - 2007年11月9日)は、フランス文学者、東京大学名誉教授。
父の任地、現在の青森県弘前市に生まれ、翌年東京に移転。第一高等学校理科から、1941年東京帝国大学理学部物理学科を繰り上げ卒業、1942年同地震研究所助手、1943年同文学部仏文科に入学し、1946年卒業。大学院研究生を経て1951年中央大学助教授、1954年東京大学教養学部助教授、1967年教授、1979年定年退官、名誉教授。上智大学教授を務め1984年退職。1981年から1985年まで日本フランス語フランス文学会会長、1984年フランス政府より教育功労勲章を授与される。1992年勲三等旭日中綬章。
ヴィクトル・ユゴーなどフランス・ロマン派を専門とした。『スタンダード仏和辞典』などの編纂にも携わった。
著書[編集]

新編フランス文典 山田爵、梅原成四平井啓之共著 第三書房 1957
往時茫々 松下和則遺文集 松下克子 2008.11