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第四間氷期 (新潮文庫)

第四間氷期 (新潮文庫)

筆者本人の「あとがき」

はたして現在に、未来の価値を判断する資格があるかどうか、すこぶる疑問だったからである。なんらかの未来を、否定する資格がないばかりか、肯定する資格もないと思ったからである。

読者に未来の残酷さとの対決をせまり、苦悩と緊張をよびさまし、内部の対話を誘発することが出来れば、それでこの小説の目的は一応、はたされたのだ。

この小説の大雑把なあらすじは以下のブログで読める。
第四間氷期・あらすじ: 零画報

たまたま、YouTubeの動画を暇つぶしに視聴しているとき、大学のゼミの教官だった人が出演する動画をみた。
専攻が日本政治思想史という研究者なので、そうそうめったにメディアに出るような人ではないはずですが、
そこはYouTubeということで。
たしか、本屋のチャンネルだったと思います。

安部公房の都市

安部公房の都市

先生がこの本を出版されるということで、その宣伝をかねてのものだった。
懐かしいなという思いもあり、さっそくKindleで購入。
安部公房の作品を丁寧に読み、「榎本武揚」「第四間氷期」「燃え尽きた地図」「砂の女」などの
代表作を、「政治思想」という観点から読み解くというもの。
私のなかで一番、印象に残っていたのはこの「第四間氷期」だった。
理由はいろいろある。ストーリーもそう。
なにより、先生の本のなかでの安部公房の写真が気になった。
たしか、安部公房が、いまのNTT(昔は電電公社)にまで出向いていって、その当時の最新のコンピュータについての
説明を受けていた写真。
自分の作品を完成させるために、こういうエネルギーの使い方をするのが安部公房なんだと、
理系かぶれをしていた私には、鮮烈だった。

アベノミクスに代表されるように、現在は資本市場をめぐる話題が沸騰中。
投資の世界の成否はつまるところ、何が値下がりして、何が値上がりするのかの未来予測を成功させることが
できるかどうかにかかっている。
そういえば、Back to the Futureという映画もありました。
現在から過去に移動したキャラクターが、自分が知っている競馬のレースの結果をもとに
大金を稼ぐというもの。
国語の公開学力テストでもタイム・マシンを取り扱った作品があった。
タイムマシンそのものではなくて、それを発明する本を読んだといわれている少年と、「実際に」病に苦しんでいる少年の
やりとりの場面。
ということは、「データを入力することで、かなり正確に未来を可視化することができる機械」を登場させるという
ことは、あまたあるストーリーのなかで、さほど独創性があるというわけではないということ。

この小説に出てくる主人公はおそらく「勝見博士」という科学者。
そして、彼はこの空想的機械を実際に発明してしまったために、事件に巻き込まれていく。
細かい詳細までは覚えていないけど。
要するに、二人の人間が非業の死を遂げたと。
いろいろな諸事情から、日本社会全体の未来のような、結果によっては、その情報そのものが現在に大きな
影響を及ぼしそうな未来予測は差し障りがあることになった。
よって、あまり深刻な影響がないように、普通の一般人の人生の未来予測が可能かどうかを試そうということになる。
そして、そのサンプルに選んだ人がまず死亡。
そして、その死亡した人物の愛人と目された女性も毒殺に近い形で死亡。
こういう展開になって、SFチックな雰囲気だったところに今度は「探偵もの」「刑事物」の要素を差し挟んでいく。
というより、まさに現在大ヒット中の「ガリレオ」の雰囲気で、最後まで突っ走る。

私がこのブログで長く扱ったトマスピンチョンの作品でも同様な手法が多い。
Inherent Viceという作品でも、かなり冒頭で、殺人事件がおこって、主人公は被疑者にされて
逃亡を余儀なくされる。そうすることで、作品全体に緊張感が生まれていく。
BleedingEdgeという作品でも同様の雰囲気を醸し出す。
だから、引用作品を追いかけていると、米国や英国でヒットした警察ものの連続ドラマのパロディや、刑事物、
探偵ものシリーズのパロディが出てくる。
こういったシリーズの調査のなかで、アルカポネだったり、エリオットネスなどの歴史上のヒーローが出てくる。

人間をはじめとするいろいろな動物が、生命科学の力によって、水のなかで生存可能な生物に改造されるという
話はどうか。これはちょっと珍しかったのかな。
SFでバイオテクノロジーを主題にした作品を教えてください。 で… - 人力検索はてな
このページに飛ぶと遺伝子の組み替えなどの技術で、人間が改変されるというアイディアで構成される
小説のリストがわかる。
ざっと読んでみて、まずこの作品の紹介はなかったようです。
それだけマイナーということなのか。
メジャーなものとして取り上げられているのはジュラシックパーク。これは映画で鑑賞したことある。
クライトンもたしか医師資格をもっている人。

安部公房の都市」でこの作品が採用された経緯はよく知りませんが。おそらくこんなところだったのかな。
26ページ

しかし、やればやるほど、政治と無関係のものなど、そうざらにないことを思い知らされるばかりだった。
たとえば、耕地面積の予想をしようとすれば、農村の階層分化という問題がからんでくる。何年後かの完全舗装道路の分布を調べようとすれば、国家予算にひっかかってしまう。(中略)
政治というやつは逃げようとすればするほどからみついていく。

この作品のあとがきには「1959年」と書かれておりました。
まだ冷戦というものがリアルにあったとき。
ひょっとしたら、いま現在の社会秩序が、何らかのきっかけによってころりとかわることだったあり得るみたいな。
そういう雰囲気がこの頃にはあったようです。
そういう空気を実感として知っているかどうかでもこの作品の読み方はかわってくるのかもしれません。(2500文字)

ビジネススクールの講演会に物理学研究あがりの脳科学研究者が登壇したもの。
講演の全体の趣旨として
「大学入試選抜に面接を入れること。」(ペーパーテストでさっぱりだけど、話して面白い人を入学させろ!)
「企業は新卒一括採用という枠とは別の採用枠をつくれ」(大学を卒業して数年放浪したら企業に入れないのはおかしい!)
というもの。
そして、この二つの提案の根本的な理由として、試験の成績をみるだけでは計測できない
「非典型的」な知性をもつものに「チャンス」を与えるべきなのだということがあるらしい。

講演なので、聞いている人がいる。そのなかからいろいろな質問が飛ぶ。
どれも建設的なものだったと思う。
概して、ちょっとアウトローな感じの人を、組織に入れるというのは、少なくとも日本の社会では
とても大変なことだという、「実務的」感覚が多数だったと思う。
He is differentは英米エリアでは褒め言葉になり得る。
だけど、「あの人かわっているよね。」と日本の会社でいわれてしまったら、それは最悪の評価だと。
そんなコメントもあった。

私はこの講演会を、視聴しているとき、いや視聴を終えた後かもしれないけど、
「非典型的な知性をもつ者をもっと尊重すべきだ!」というテーマを折り込んだ小説を書くことは可能だろうかという
ことをすこし考えた。

ペーパーテストはさっぱりだけど、なんらかの特殊能力をもっている人間を主人公にする。
または、そういう「変な人」をよくしっている人を主人公にする。
それが、世界をひっかきまわす。
終わらせ方は二通りありえるだろう。
その主人公は偉業を成し遂げて、HappyEndを迎える。
その主人公が、周囲の無理解によって、非業の最後を遂げる。
どちらが、テーマを際立たせることになるのかは、状況による。

ということで、それでは、すでに「特殊な才能の持ち主」「非典型的な知性の持ち主」を取り扱った
小説があるかどうかに思いを巡らせる。
そうすると、私のアンテナの範囲でも見つかってしまう。「幸福の遺伝子」読んでいませんが。
ポストゲノムに対するパワーズからの応答――『幸福の遺伝子』(執筆者・内田桃人) - 翻訳ミステリー大賞シンジケート

作家を志しながら挫折し、いまは小さな雑誌の仕事のかたわら大学で創作クラスを担当する主人公。彼のクラスにアルジェリア人の学生が参加してくるところから物語は幕を開けます。すぐにクラスの全員が彼女の特殊な能力に気が付きます。即興でついたニックネームは「ミス・包容力(ジェネロシティ)」。彼女の包容力は、主人公やクラスメートに感染するように徐々にその影響力を強めていきます。そして、ある事件をきっかけに彼女の能力はマスコミや遺伝子研究者の知るところとなり、事態は全国的な騒動へと発展していきます。果たして彼女の「包容力」は幸福の遺伝子によるものなのでしょうか……。
 
 わたしはマックス・バリーの『機械男』を読んだ直後に本書を手にしましたが、語り口こそ正反対といっていい両作品ながら、そこに通底するものを強く感じました。それは、科学(とくに工学)が人間像をラディカルに書き換えていく時代における、文学からの応答というテーマです。

講演の主は「非典型の知性」の具体例としてiphoneで当てたジョブズをもってくる。
そう、ジョブズも日本では漫画になっています。
ことほど、かようにオリジナルを作り出すというのは本当に難しいのだと。
つくづく思う。