ピケッティ 「21世紀の資本論」

Capital in the Twenty-First Century

Capital in the Twenty-First Century

 
書籍の紹介をどうやってするのが適当なのかというのはなかなか難しい問題。
今回の書籍のテーマは「21世紀の資本論」という名の下に、国と国の間や
個人と個人の間の資産格差、所得格差を扱っている。
かなり人の感情を逆撫でするデリケートな問題なので扱い方を間違えると大変な
ことになりそうな政治的な問題。ここまでpoliticalなものをこのブログで扱ったことは
あまりなかったかもしれない。
この書籍を紹介している他のブログ
ピケティ『21世紀の資本論』はなぜ論争を呼んでいるのか | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉:日経BPオールジャンルまとめ読みサイト
↑のブログが本書の中身を一番、丁寧に紹介しているのではないかと思います。

そもそもこの本を、突貫工事で翻訳することになった人のブログ
山形浩生の「経済のトリセツ」
↑日本で出版される運びになったら一番、渦中になる人ということで、すこしカオスな感じで
紹介されている。ピケティの本を実際は読んでいないのに、いろいろと発言したり、書こうとしたり
する人がいるらしく、そういう人たちについて「ちゃんと読んでから書いて!」というメッセージを
送っている。

放送局出身のエコノミスト
池田信夫 blog : 21世紀の資本論
ガチで経済学をやり込んだようなので、いろいろと専門的な突っ込んだ考察が書いてあると思います。

ピケティの本は世界的な論争を呼び起こしている。タレブの『ブラック・スワン』以来だろう。特にクルーグマンは、NYRBに長文の書評を寄せて絶賛している。ピケティの最大の強みは、15年かけて最近300年の各国の税務資料を収集し、富の分配とその内訳について包括的な統計をつくったことだ

NHKでの紹介
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1017.html
なんといっても、マスコミの強みを活かして、ピケティ本人に対するインタビューに成功している。

「21世紀の資本論」で伝えたかったことは何ですか?

ピケティ教授:
欧米や日本などでは、暮らしは楽にならないのに、金持ちばかりがいい思いをしていると感じている人が増えています。多くの人が今の資本主義の姿に疑問を持つようになっているのです。 私は、誰のもとにお金が集まってきたのか、歴史をさかのぼって明らかにしたいと思ってきました。所得税制度が作られたのは、フランスなど欧州各国やアメリカでは1900年前後です。日本ではもう少し早く始まりましたね。相続や資産に関するデータについては、イギリスやフランスでは18世紀にまでさかのぼることができます。無味乾燥なデータが、実は、私たちの暮らしそのものを表しています。

この本の筆者が、自前で運営しているホームページには
この本に挿入されているグラフをつくるためのデータがexcelファイル形式で
アップされていて、だれでもアクセスができる。↓がそこへのリンクになっている。
Thomas Piketty - capital21cen

本文は およそ19万ワード。
注釈の部分は加算していない。
本の作りからして少し変わっているなと思いました。
普通、学術っぽい書籍は本文と脚注にわかれます。私が法学部に在籍しているときに購入した法学系の教科書なんかも
その典型でした。
本書もそのスタイルを踏襲しているのですが、その脚注の部分が2階建てになっている。
とある統計データを、本文に掲載する。
そのデータについて脚注でコメントをつける。
そのデータや図表を作るときにどういう計算方法を用いたのかといったことをさらにウェブサイトでアップしている「技術的補遺」(山形訳)。
本書の中で少ししか出てこないジニ係数なんかも、この「補遺」の中では、係数の考え方から具体的な計算方法まで丁寧に書かれている。
また、本書の中で大事なデータは、そもそもそういうデータを誰が、どうやって作ったのかとか。
それに関連する論文は何かとか、本文の脚注に掲載することすら躊躇するようなマニアックな事項をすべて「補遺」にまとめている。
だから、本書をガチで読もうと思ったら、本文を読んで、脚注に飛んで、さらに、「技術的補遺」にジャンプする必要がある。
ネットにつなぎやすい端末が近くにあったほうがいいと思う。
バルザックの「ゴリオ爺さん」という文学作品が頻繁に引用されるけど、本書では、随所に様々な映画や文学作品の引用や紹介が
テーマにそってなされます。その引用されている作品の概要をすこしネットで見るだけでも、面白い発見(「息抜き?」)が
あると思います。下記は訳者によるバルザックの紹介があります。

バルザック『ゴリオ爺さん』:さすが元祖大衆小説。おもしろい! - 山形浩生の「経済のトリセツ」

筆者のピケッティは、MITで教鞭をとっていたこともある、フランス人のエコノミスト
こつこつとフランスで、税務署に蓄積されたデータを丁寧に調べ上げることで本書のもとになる研究成果を生んだということで
やはり、この書籍の中でも、フランスについての所得分布の推移についての記述は、群を抜いて優れていると思います。
私が、学生だったときに、「フランス法」の講義をうけたことがあります。
単位をとれたかどうか、すこし自信がないのですが。そのとき、教授がいったことが印象的。
「フランスの民法が、革命後に生まれたというのは、「もうこれで争いは終わりだ」ということだったんですよ。」。
こういうことの意味は、もっと大人になって財産の重要性を思い知らないと、ピンと来ない。
フランス革命があってから、民法典の整備が進む。不動産まわりの法整備が進む。そして政府による課税のために
誰が、どの土地をもっているのかといったことや、誰と誰の間で不動産の取引があったのかといったことが200年以上にわたって
きっちり記録になって残っていた。所得税という制度も、フランスが先駆けて、採用したらしい。だから、個人が税務署に申告するときの
書類なんかも残っている。
税務署に残っている申告に関する資料を使って所得分布を時系列で推移を追えるようにするという方法論はクズネッツという経済学者が
先駆けてやったそうだ。クズネッツはどういう研究者だったのでしょうか?
wikipedia

クズネッツは計量経済学に大きな変革をもたらし、ケインジアンのマクロ経済理論の発展に大きく寄与した。
クズネッツは1930年に刊行された『Secular Movements in Production and Prices(生産と価格の趨勢)』の中で、アメリカ合衆国の経済時系列データに15年から20年の周期的変動があることを示した(現在、クズネッツ循環として知られている)。
1941年に刊行された『National Income and Its Composition(国民所得とその構成)』や1971年に刊行された『Economic Growth of Nations: Total Output and Production Struct(諸国民の経済成長:総生産高と産業構造)』など、経済成長に関する一連の著書は、クズネッツの業績を知る上で最も重要な作品である。これらの本の中でクズネッツは、経済成長に伴い所得格差が増加するのに対し、先進国では経済成長に伴い所得格差が減少することを示した。
クズネッツはこの他にも、世界各国の国民総生産やその構成要素の統計学的な分析を通じて、長期波動や産業構造の変化法則、平均貯蓄性向の長期的安定性、所得分配の平等度に関する逆U字型変動(逆U字仮説)など、多くの規則性を発見した。
これらの「経済および社会の成長に関する構造および過程を深く洞察するための経済成長に関する理論を実証的手法を用いて構築した功績」が称えられ、1971年にクズネッツはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞した。

という人でした。
ただ、筆者(ピケッティ)にとって残念だったのは、この方法論が「アメリカだけ」「期間が短い」
という問題を抱えていたということ。
アメリカ合衆国は、建国当初から、その発展期、そして現在と、国情を比較したとき、人口増加が激しすぎるなど、他の国と
発展のパターンが違いすぎる面がある。
クズネッツが統計をとった期間だけをみると、たしかに、資産や所得の格差は減少していたそうな。クズネッツはここから
現代資本主義は、勃興機は資産格差を拡大させるけど、だんだんその格差を減少させる傾向があるという結論を出す。
それはそのまま政府の経済政策に対する方向付けを与えてしまう。
ピケッティは、クズネッツがとった統計の期間の「前」と「後ろ」を詳細に、共同研究の手法で作り上げた。
そして、その「前」と「後ろ」では、資産格差が拡大している場合のほうが常態なんだということを明らかにした。

こういった統計学をフル活用する地味な実証研究の成果を延々とpart3まで書き上げて、part4になって
今までに明らかにした事実から、実践的な結論、提案を出します。

資産課税を、世界の税務当局が協力しながら行うということ。
世界のどこで、誰が(どの銀行が)、どれだけの資産をもっているのか。
この情報を、世界中の政府は共有しろと。

そうしないと、実効的な徴税が出来なくなっているのだと。
この徴税が出来なくなると、「社会国家」の運営に必要な財源の確保が出来なくなるのだと。

英米流の経済学もガチで取り込んだ筆者は、自分の祖国が生み出した人文科学の成果もおおいに活用して
優れた研究書を世に送り出そうと努力しました。
ピケッティいわく、自分が世に送り出す書物は、「歴史学」の書物としても評価して欲しいとのこと。では
フランスの歴史学の流れとはどういうものなのかというと。これもwikipediaからはりつけしますが。
wikipediaから。

フェーヴルの歴史学の特色[編集]
文献史料主義への批判:
ランケにより確立された、政治史・外交史を文献に基づき厳密に再現する歴史学(「歴史は文献で作られる」)を無味蒙昧な方法(「生命を欠いたオウム返しの歴史」)と批判。統計学、地理学、経済学等を取り入れた社会学的手法を取り入れ、文献史料の意義を問い直し、「生きた歴史学」を主張した。また、古文書等の文献史料のみならず、詩・絵画・戯曲・考古学的史料なども、広義において史料と位置づけられることを強調した。
学際性の提唱:
農業史、技術史、出版史などのテーマ史において、周辺領域の学問との連携が必要であると主張した。経済史においては政治史のみならず、貨幣価値の変遷を重視し、統計学的手法を取り入れた。上記のように絵画・文学を史料として用いる場合は芸術学・心理学・文学の手法を用いるなど、テーマに応じ他の学問の手法を柔軟に援用し、対象となる時代の「心性」を包括的に位置づけるよう主張した。
テーマ史・問題史の提唱:
自己の問題意識から出発し、様々な史料から得られた仮説を組み立てつつ、対象のテーマを掘り下げて再構成する、テーマ史または問題史を提唱した。この姿勢は19世紀のランケが、ドイツ統一ナショナリズムの気運の影響下で政治史・外交史・戦争史的側面の強い研究を行っていたのと対照的である。フェーヴルは、2つの大戦を経て、人間の心性の進化や歴史でのその描かれ方に強い疑念を抱いていた。そのため、歴史を「人間を対象とする学問」と定義づけ、歴史家の役割を問題提起を行うことであると規定した。

たしかに、本書の構成の根本を規定するようなことが書かれているような気がします。

下記には、本書の全体の概要を書きました。
本書はとても長い書物なので筆者もそれを意識して随所に、コンパクトに全体像が見渡せるようなまとめが付記しています。
本エントリの筆者もそれを利用させてもらいます。

part1 資本と所得
chapter1
国民所得 資本 資本を所得で割った値 について定義する。
所得と、産出が世界レベルでどういう推移をとったかを示す。

chapter2
産業革命以来の人口増加率と産出の推移をみる。

part2 資本を所得で割った値の変化
chapter3
資本を構成する要素が変化していくことを確認する。18世紀からの変化。
サンプルはイギリスとフランス。 なぜなら資料が豊富にあったから。
ピケッティは言うには、寓話である文学作品だって、当時の時代背景をとても克明に記していることがあるのだということです。
こういう経済学的な興味をきっかけに英語やフランス語の「多読」をするのもいいかもしれません。

かの有名な「レミズ」 私がニューヨークで唯一みたことのあるミュージカル

1815年10月のある日、76歳のディーニュのミリエル司教の司教館を、46歳のひとりの男が訪れる。男の名はジャン・ヴァルジャン。貧困に耐え切れず、たった1本のパンを盗んだ罪でトゥーロンの徒刑場で19年も服役していた。行く先々で冷遇された彼を、司教は暖かく迎え入れる。しかし、その夜、大切にしていた銀の食器をヴァルジャンに盗まれてしまう。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えたもの」だと告げて彼を放免させたうえに、2本の銀の燭台をも彼に差し出す。それまで人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は司教の信念に打ち砕かれる。迷いあぐねているうちに、サヴォワの少年プティ・ジェルヴェ(Petit-Gervais)の持っていた銀貨40スー[1]を結果的に奪ってしまったことを司教に懺悔し、正直な人間として生きていくことを誓う。

オリヴァー・ツイスト
主人公。養育院で生まれ、すぐに母親が死亡。純粋な心を持った孤児。常に感謝の心を忘れることなく生きる。9歳のころ移された救貧院を抜け出しロンドンへ逃亡するが、フェイギン率いる窃盗団に捕まる。その後、紆余曲折を経て紳士のブラウンロー氏の元で幸せな生活を送る。その出生には大きな秘密があった。

chapter4
chapter3で行った分析をアメリカとドイツに対して行う。
映画「タイタニック」とか登場させてしまうところが、憎い。

chapter5 chapter6
これまでに行った分析の対象範囲を全世界に広げる。そして、資本を所得で割った値が、今後どのように
推移するかの予測をする。さらに、所得の中で、労働によって得られる所得と、資本からの収益で得られる所得の
割合の変化の推移もみる。

part3 不平等の構造
chapter7
労働からの所得が、どのように分布しているか示す。
資本から得られる所得がどのように分布しているかを示す。

chapter8
労働からの所得と、資本から得られる所得を合算した所得がどのように分布しているかを示す。

バルザックの描く世界と対極にある、資産形成に対する価値判断。
勤勉さ、優秀さに基づいて、経済的な勝者と敗者が決定されるべきという世界観が、放映されているドラマにも反映されているのではないのかということ。

診断医としての評価は高いが一匹狼で捻くれ者のハウスとそのチームが、他の医師が解明出来なかった病の原因をそれぞれ専門分野の能力や個性を生かして突き止めていく姿を描く医療ドラマ。

chapter9 chapter10
筆者がデータベースをもっている範囲で、chapter7 chapter8で行った分析の対象範囲を他の国にも拡大して
分布表を作る。

chapter11
先代から相続する遺産と評価される財産が、歴史的にどのようにその重要性を変化させたのかをみる。
(旧世界のヨーロッパは、開発され尽くしているので、成長がみこめない。すると先代からの蓄積をもっている人が
財産の多寡で優位になる。草創期のアメリカは、そもそもみんな移民なので蓄積された財産をもっていない。というような要素を
勘案する。)
意外(?)にもタランティーノの映画も登場

wikipedia

The story is set in early winter and then spring, during the antebellum era of the Deep South with preliminary scenes taking place in Old West Texas. The film follows an African-American slave, Django (Foxx), and an English-speaking, German bounty hunter posing as a traveling dentist (Waltz), named Dr. Schultz. In exchange for helping Schultz collect a large bounty on three outlaws (hiding-in-plain-sight in the south, working in the slave trade) that he has never seen – but Django has, while being trafficked – Schultz buys and then promises to free Django after they catch the outlaws the following spring. Schultz subsequently promises to teach Django bounty hunting, and split the bounties with him, if Django assists him in hunting down other outlaws throughout the winter. Django agrees – on the condition that they also locate and free his long-lost wife (Washington) from her cruel plantation owner (DiCaprio).

chapter12
21世紀の前半において、全世界的な規模では富がどのように分布することになるのかを予測する。

part4 21世紀の資本を統制する方法

chapter13
社会保障制度を充実させている「社会国家」という国家の運営スタイルを財源の観点から考察する。

chapter14
累進課税としての所得税がどういう成り立ちをもっているかを解説する。過去の歴史から現在の徴税の問題まで概観。
マルサの女

chapter15
資本に対する累進課税を、21世紀にどのように実現するかについての構想。
欧州における資産課税の例。中国において実施されている資本の統制のシステム、アメリカにおける移民法制などに
ついての考察が加わる。

chapter16
国家が債務者になる借金 public debtについての考察。

結論部分 941P以降
1) 18世紀から、(主に欧州を対象として)、財産の分布と、所得の分布がどのように
推移してきたのかを、概観した。その推移の考察の結果、(21世紀の経済政策の構築のために、)どのような教訓が引き出されるのかを、精査した。

2) 本書で網羅したデータは、もちろん完璧ではないので、今後も批判・検討にさらされるべきだ。政治的な対立がありえたり、民主制の根本に関わったり、公に関わる議論をすることの重要性がこれから、すたれることには反対。社会科学の研究は、その研究結果が数学的な合理性に沿っているかどうかに腐心するだけなのにも反対。

3)私有財産制度が保障されているもとで、自由市場のルールで競争する社会には、
その社会の構成員の資産の格差を縮小させる要因(主に教育の普及)と、拡大させる要因の
双方がある。(格差の拡大を長い間放置すると、社会正義とは何かについての合意が、その社会の構成員の間で得ることが出来なくなってきて、その社会の民主制に基づく運営が出来なくなってくる。)

4)(社会構成員同士または、国家と国家の間の)資産の格差がなぜ、長期的には拡大していくのか。その根本的な理由は、資産運用(Capitalによる所得)による収入のほうが、勤労(国民所得)による収入よりも、成長率という点で、歴史的な事実として、常に上だったことによる。
5)とある事業家が成功して財産をつくったとする。その人はその財産を証券会社に任せて、
お金が働くことによる収入だけで生きる人になっていく。そういう人の収入は、自分の労働力しか、収入を手に入れることが出来ない人よりも、多くなっていって、結局、資産格差がどんどん大きくなるということ。
6)資本の成長率(r)と、所得の成長率(g)にギャップがあることによる資産格差拡大の効果は、長期的にみて、大きな影響を及ぼす。
7)資本の成長スピードと、所得の成長スピードに差があることが問題なら、そのギャップがなくなれば問題は解決するが、ことはそう単純ではない。そもそも、所得の成長スピードを、資本の成長スピードにまで引き上げるということは、戦後の復興期にある欧州とか、現代のアジア諸国(中国)の急成長みたいな特殊な期間、地域しか実現されない。
8)資本の成長スピードが、所得の成長スピードを上回るという傾向は、19世紀や、20世紀の初頭のように、我々が生きている21世紀初頭の資産や所得の分布の推移の方向を規定するだろう。資産格差の縮小は、歴史的にみて、第2次大戦のような大きな変動によってのみ実現された特殊なこと。