高校時代は「基礎=簡単なこと」と舐めくさっていた|ブクロのブログ

すこし、気になりましたので。

「エネルギー」「力」というものを、一番厳格に定義して、議論を展開するのは、
おそらく、理論物理学をやっている人なんじゃないかと、思って。

数式で議論するメソッドは、
言葉で議論するトレーニングで100日かかってできることを、
1日で可能にするのではないかとふと、思う。

とある中学受験の国語の問題。

書物による思想伝達

市井の人が、不幸にある子供におくったメッセージとの対比。

よしもとばなななんくるない
文学の役割を、すこし考える。


結構、多くの高校生は基礎=容易なことと思っているのではないでしょうか?それはおそらく、教科書や参考書に載っている基本問題や基礎問題が簡単だったためそのような考え方になってしまうのではないかと思います。

よく「受験では基礎が大事」と言われますが、おそらく上述の様な考えの人にはピンとこないだろうし、「応用問題が解けなければだめじゃん」と思ってしまうのではないでしょうか?というか、自分がそうでした。今思えば浅はかですね。

基礎というのは簡単なことという意味ではなく、本質的なことであり、全てを支える土台みたいなものなんですよね。それ故に理解するのが中々難しい。

冬休みに入ってから「量子論の基礎」(清水明) を読み始めています。この著者は「熱力学の基礎」という本も書いており、こちらは一応、持ってはいるのですがまだ読んでいません。ただ、どうやら公理的熱力学な教科書らしく、田崎先生の教科書と似たような傾向の本らしいです。田崎先生とも交流があるみたいですし。
量子論の基礎」の方も量子力学の公理から始まる本で、従来の教科書によく見られる歴史的な変遷から量子力学を考えていくという姿勢とは違った面白さが味わえます。現在、僕は第二章を読み終えましたが、二章では古典力学的な枠組みを述べた後に量子力学の枠組みを与えています。
おそらく部類としてはDiracやSakuraiと同じ部類ではないでしょうか。