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神戸海軍操練所(こうべかいぐんそうれんじょ)は、江戸時代の1864年(元治1年)5月に、軍艦奉行勝海舟の建言により幕府が神戸に設置した海軍士官養成機関、海軍工廠である。現在の神戸市中央区新港町周辺にあった。京橋筋南詰には神戸海軍操練所跡碑がある。

江戸幕府というのは、現在でいえば日本政府にあたる。
この操練所は今で言うと、エンジニア要請のための工科大学か、海上自衛隊の幹部要請を目的とする教育機関だったんだろう。
どうも、この機関の実態がどういうものだったのかには、研究者により諸説の争いがあるみたいだけど、この組織がある種の国立の教育機関だったと評価することは別に間違いではないと思う。
大河ドラマのあらすじをみると、西郷や小松といった薩摩藩の政治家は
この教育施設で蒸気船を取り扱うノウハウをもっている坂本竜馬の一行をそのまま
自分たちの海上貿易事業に利用しようという意図をもって彼らと接触してたようだ。
他にも、坂本竜馬一行を迎える長崎商人なんてのも登場している。
この長崎商人と西郷の会話にも、彼らが、竜馬一行の蒸気船技術をどう利益に変えていくのかという談義をしている。
別にこの時代に限ったことではないけど、すでに民間企業と政府の間の関係のようなものが見えている。
取り立てて難しいことでもなんでもなく、「教育」という天井知らずにコストが
かかるわりには、はて一体どういう「効果」があるのかよくわからない代物。
かといって、無視することもできないという事業
そして、この「事業」の果てに生まれる特殊ノウハウをもった人材。
(幕末の長崎では、操練所上がりの竜馬一行)
民間企業というのは、こういった「教育」事業のようなもののリスクは費用対効果を考えたときに、よほどの経営体力がないと負う事ができない。
しかし、国有機関による「教育」をうけた「人材」を活用して収益にかえる
商売の仕方は知っている。つまりマーケットを知っている。
ここで、健全な役割分担が実現している場合には、だからどうだという話に
なる。今だって、有名国立大学を卒業した学生から、給与のいい民間企業のオファーが来るという構造は変わっていない。
国立の教育機関と、民間企業のこの役割分担。
つまり、国家しか負うことができないような高等教育事業
優秀な人材を活用して、収益を生み出す企業。
そして、いずれは国家による人材供給の恩恵を受けた企業は、税金を日本政府に
収めるということによって、人材の提供をうけたことの見返りをする。
そして、その税金はまた、教育に投資されていく。
このサイクルが、昔も今もグルグルとまわっているのだろう。
しかしながら、このサイクルも「平時」のときは「序列」が出来上がっている。
はやい話、大企業・有名企業から、「偏差値の高い教育機関」で教育を
うけた学生を取っていく。
中小企業は、マーケットや活用方法を知っていても、おそらく採用というところで苦渋をなめてきたのだと思う。
もっとも、ここはあくまでも推測。最近の優秀な若者の就職事情というものが
どういう変遷をたどっているのかというのは、実証的な研究がいるでしょう。

じゃあ、「平時」ではないときに、この「人材の分配」というものがどうなるのか。
「国有財産」の分配というものが、どうなるのか。
今回のNHK大河ドラマには、こういったテーマのケーススタディになっているように思う。
本来であれば、「国有財産」を活用することによるボロ儲けの構造
(例えば、竜馬一行を利用した海上貿易での事業)なんて高級・「高嶺の花」
であるunderdogが、「分け前」に預かるチャンスというものが登場するのか。
そして、そういうチャンスというものは、2010年の現代日本で探し出すことが
できるのかどうかということは、興味がある。

ゆうパックに何が起きたのか:日経ビジネスオンライン

今後は国民新党亀井静香代表が郵政担当大臣として打ち出した、非正規社員の正社員化も待っている。人件費負担が大幅に跳ね上がる。

 その結果、ゆうパックの赤字がさらに膨らめば、旧国鉄日本航空JAL)と同じ構図で、国民負担を強いられることになる。民間企業と競合する宅配便事業を、税金を使ってなぜ国が運営しなければならないのか、改めて問われることになるだろう。

 それでも、責任を取る者はいない。今回の遅延問題で監督官庁の総務省は今月末までに日本郵便に問題が発生した原因を報告させて、業務改善命令などの行政処分の必要性を検討するという。

 しかし、ユニバーサルサービスに対して業務の停止や免許の取り消しを命じるわけにもいかない。恐らくは経営幹部たちの減給と担当責任者の配置換え程度にとどまるのではないか。

 そもそも責任者の立場にある者たちが、今回の遅延をどれだけ自分の責任と感じているのか自体が疑問だ。

 最高責任者であるはずの原口一博総務大臣は今回の問題で呼び出した日本郵便の鍋倉社長に対し、「日通との宅配便の統合は前政権下で進められた。また検討の過程では事業計画のない状態で、それを引き継いだ現経営陣にはたいへんなご苦労があるかと思いますが、それも言い訳になりません」と、混乱の原因が前政権にあるかのように述べている。

 7月1日の統合というオペレーションへの配慮を欠いた無謀な計画を決定したのは、日本郵政西川善文前社長に退任を迫って現政権が起用した、元大蔵事務次官の斉藤次郎社長をはじめとする現経営陣であり、その事業計画を承認したのも原口大臣自身なのだが、当事者意識は持ち合わせていないようだ。

まあ、このエントリーにふさわしいケースではないのかもしれないけど。
国有財産だった事業に、民間の人が入るようになって、動かしていたけど、
どうも、民間企業のカルチャーがわからなくて、事業の失敗をしてしまったということかな。

法学部で単位を履修していたときは、こういったニュースを見ていても、
まったくピンとこなかった。
公務員として働くのか、民間人として働くのかとか。
きっと生活で苦労をしてきた人たちは、そんなことも承知の上で、
色々と進路とかを考えながら、大学で勉強していたんだろうと思う。
今に思うと、そういうサバイバル感覚とかなかったなって思う。
だから、今、苦労しているのだろうと。もっと強烈な苦労や、ハードシップは
いくらもでもあるけど。

行政刷新ページ移転のお知らせ - 内閣府

この事業仕分け。「日本政府とそれに関連する団体がいかに無駄使いをしているのか」という側面で取り上げられていることが多い。
それはそれでもっとも話。私が住んでいる選挙区でも公認会計士出身の人が
自分で、東京の独立行政法人を洗っていて、数人の職員のために、億単位の
賃料が使われていた実態のようなものを暴きだしていたみたい。
そんなことを演説で話していた。そういった経費の浪費を正すという側面は
たしかに、大事だろうし、これからも、どんどん公的事業の財務状態が
どういうことになっているのかという調査は進むのだろうと思う。
やべえ、そうだな。簿記の勉強とか。財務諸表の勉強とか、もっとやっておけば
よかったかな。後悔先に立たず。

ここまでは前置き。
でも、テレビによる仕分け先の組織の取材とかを見ていて思ったのは、
日本政府は、まだまだほとんどの人に知られていないような「財産」を
もっているのだということ。
僕は、教育関連のハシクレだから、「研修施設」「教育施設」「図書館」
こういったものに関連する団体が気にかかる。
(そりゃ、もっとダイレクトに税金を「金融」にしている機関のほうがお金に
なる話なのでしょうけど。)
世の中には、民間企業のベースでやると、どうしてもうまくいかないから、
税金や公的な組織でやってもらったほうがいいものがある。
または、公的な機関が作った財産を安く民間に流すことで、今までできなかったような事業を実現させて、「事業価値」を生み出すということも可能なのだろうと思う。
竜馬の一行を薩摩藩の西郷や、長崎の貿易商人が利用しようとするのは古典的な一例なのだと思う。
そして、多くの場合、「商人」と「芸のある侍」の出会いというのは、
それが様々な幸運な条件を満足した場合、「歴史的な何か」を実現させたのでは
ないかと思う。

これからもそうあって、ほしい。

21世紀の「神戸海軍操練所」の遺跡はどんなものになるのだろうと思う。

現在進行形の竜馬の一行は決して格好いいわけではない。
ようするに、学業は途中で放り出すことは余儀なくされているし、
神戸にいることもかなわなくなるし、幕府と折り合いをつけることもできなかった。はやい話が、いろいろな事情が重なって、「野良犬」の集団になっている。
そういう悲しさの中で、「政府」に庇護されることで実現したテクノロジー集団は、自分の活路を見出そうとしている。
追い詰められていく中で、自分たちの役割を見つけ出そうとする。
そして、そのために、主人公は、恐れずに色々な人物と会合を重ねていく。

今回、掴んだトピックは長州藩の政治的動向。内部事情に詳しい連中との接点を無理やりに近い形でもっていく。
そう、いまは、決められた筋立てに従って、流れるだけの「物語」も、「その時、その場所にいた」人間にとっては、先がどうなるかわからない中での
決断の連続で動いていた。
長州藩が幕府に対して、どういう態度をとっていくのかということも「未来形」でしかわからない。
「未来形」は「文書」の形をとってはいない。
インサイダーに飛び込んでいくことでしかわからない。

この時代のナンバーワンはイギリスなんですね。アメリカ合衆国ではないのですね。それがまた面白いというか。なんといいますか。
こういう年齢になってくると、グラバーみたいな人間の生き方にも興味をひかれる。
そのとき、そのときの時代の動きをどうやって利益に変えていくのか。
そういう嗅覚というものは、生き残っていこうと思ったら、いつだって求められるものだろうから。